くまぞう雑記帳

伊福部昭、芥川也寸志、黛敏郎・・・クラシック系日本人作曲家の音楽を愛好しております。

松村禎三追悼CD「松村禎三の世界」 

〔2007.11.01〕
9月初めに発売された2枚組みCD「松村禎三の世界」.。タワーレコード限定販売です(曲目、演奏者等のデータはこちら→「松村禎三の世界」


DISC-1の1〜3曲目は1970年の大阪万博のパビリオンのBGMとして作曲された(BGMといっても気楽に聞き流せる音楽ではありませんが)。オーケストラと合唱による1曲目「飛天(アプサラス)」、2曲目「祖霊祈祷」がいい。三管オケ、混声合唱プラス8人の打楽器等という編成の「祖霊祈祷」は万博テーマ館の地下スペース、人類の祈りを表現する多くの展示を集めた空間に流れた音楽だということです。。呪文のような男女の声と打楽器を強調した素朴で力強い原初の祈りの音楽です。男声の「う、あ、え・・・」、癖になります。最初聞いたとき、全く脈絡はないのですがマイルス・デイビスの「ビッチェズ・ブリュー」のあの雰囲気(とくに「ファラオの踊り」)を思い浮かべました。

同じく1枚目に収録の「交響曲」。AMラジオ並みかそれ以下の録音も全く気にならないド迫力です。ライナーノートには作曲者の《アジア的な発想をもった、生命の根源に直結したエネルギーのある曲を書きたい》という言葉が記されています。まさにそのとおりの音楽です。以下、ライナーノートの松村自身の解説からさらに引用。

《アジアに点在する仏教、ヒンズー教等の寺院の膨大な数の石仏たちの度肝を抜くスケールの“群”の写真を見たとき、私はそこにはっきり自らの祖先を見たように思え、大きい示唆と励ましを受けた。》

《小さい生命をもった無数のイナゴの大群が“群”としてひとつの大きい生命力をもち大地を席捲していくような圧倒的な在り方である。私はオーケストラの曲をこそ書きたいと思った。》

松村の師の伊福部昭は中国の寺院で見た壁一面の小さな石仏に感動して「ピアノと管絃楽のためのリトミカ・オスティナータ」を書き(1961年)、兄弟子の芥川也寸志はインド・エローラの石窟寺院カイラーサナータを見た衝撃が「エローラ交響曲」の作曲につながりました(1957年)。1965年作曲の松村の交響曲もまた、上で引用したようなよく似た種類の体験が作曲の契機となっているのは興味深いところです。

[ 2007/11/01 00:18 ] 日本の作曲家 | TB(0) | CM(0)

松村禎三氏死去 

〔2007.08.07〕
作曲家の松村禎三さんが8月6日に亡くなられました。→asahi.com

3月の伊福部昭音楽祭の会場に来ておられたお姿を見て、体調はかなり悪そうだと思っていましたが・・・ご冥福をお祈りいたします。
[ 2007/08/07 22:15 ] 日本の作曲家 | TB(0) | CM(0)

日本作曲家選輯:須賀田礒太郎(2)  

〔2007.08.05〕
昨日(2007年8月4日)記事日本作曲家選輯:須賀田礒太郎(1) の続きです。

バレエ音楽「生命の律動」。

片山杜秀氏のCD解説の言葉を借りればストラヴィンスキーの春の祭典、ペトルーシュカ、火の鳥から様々な次元で引用した音楽。〈「3大バレエ」のカット・アンド・ペーストと日本的なメロディーやリズムを混合した、特異なつぎはぎ〉〈ポストモダニズムを先取りする〉1950年作の管弦楽曲です。

実はストラヴィンスキーがけっこう苦手だったりします。家にあるCDもハルサイとペトルーシュカが入った1枚だけ。火の鳥のCDは行方不明です。そんな自分ですがこの「生命の律動」、けっこう楽しく聞けました。上手いですね。同じ年に作曲された黛敏郎の「シンフォニック・ムード」(→こちらに収録)もストラヴィンスキーの影響が色濃いですが、熱狂的な黛の曲と比べると須賀田は随分クールな感じがします。横浜っ子気質なのでしょうか? 

「東洋の舞姫」。東洋組曲「沙漠の情景」という5曲からなる組曲の1曲。中東ムードあふれる極めて魅力的なメロディーを持つ曲です。アンコールピースに向いていそう。神奈川フィルはポピュラーコンサートや青少年向け演奏会でぜひこの曲を積極的に演奏して須賀田の音楽の魅力を多くの人に広めてもらいたいものです。それにしても「沙漠の情景」全曲録音して欲しかったなあ〜。

須賀田礒太郎に関しては以下のブログのエントリーが参考になります→鎌倉スイス日記yurikamomeさんドクター円海山さん
[ 2007/08/05 15:38 ] 日本の作曲家 | TB(1) | CM(0)

日本作曲家選輯:須賀田礒太郎(1) 

〔2007.08.04〕
ナクソス日本作曲家選輯から出た須賀田礒太郎のCDを聞きました。

須賀田礒太郎(1907〜1952)は昭和初期から戦後にかけて活躍した横浜生まれの作曲家ですが、死後その存在はほとんど忘れ去られていました。須賀田が「再発見」された経緯、須賀田礒太郎とは何者なのかということは以下のサイトを参考にしてください。→名古屋パストラーレ岡崎さんの甦る天才作曲家/須賀田礒太郎、須賀田の親戚筋に当たる武道家の方のサイト須賀田礒太郎|試斬居合道 日本武徳院


では1曲目「交響的序曲」から。これはヒンデミットの「画家マチス」第1楽章がモデルとなっているということです。旋律の対位法的な装飾のやり方が確かにヒンデミット風でしょうか。個人的にヒンデミットに感じるとっつきにくさ、晦渋なところがほとんど気にならないのは旋律の美しさによるものでしょう。

この曲と同じく皇紀2600年奉祝曲として書かれた橋本国彦の交響曲第1番(ナクソス日本作曲家選輯より→橋本國彦:交響曲第1番)にも使いこまれた伊沢修二作曲の「紀元節」のメロディーの変形ともいうべき最初の主題(「紀元節」は戦争の忌まわしい記憶と結びつきがちですが日本人の琴線に触れてくる、非常に美しい旋律だと思います)。次に出てくる木管による寂しげなうたもいいですねえ。曲はだんだん高潮し、やはり橋本の交響曲第1番第3楽章の終結部分を思わせる2重フーガで盛り上がります。神奈川フィル、堂々たる演奏です。

1940年作曲の「双龍交友之舞」はCDライナーノートによれば〈雅楽とストラヴィンスキーをつな〉いだ作品。作曲年代の近い早坂文雄の「古代の舞曲」「右方の舞と左方の舞」や平尾貴四男「古代讃歌」といった雅楽趣味の作品と共通するものがありますが、もっと洗練されたモダンな雰囲気です。

須賀田は雅楽「越天楽」をオーケストラ曲に編曲したパイオニア・近衛秀麿に一時師事していたらしいですが、早坂、平尾作品が近衛「越天楽」からの直線的進化という感じがするのに対し、須賀田のほうが随分と変化球です。雅楽とストラヴィンスキーをつなぐというか、ストラヴィンスキーが雅楽を勉強して書いた曲? といった感もあります。私の趣味では素朴さの残る早坂、平尾作品の方が好みですが、曲の完成度の高さでは「双龍交友之舞」が上を行くかもしれませんね。

残りの曲、バレエ音楽「生命の律動」と「東洋の舞姫」はまたの機会に。
[ 2007/08/04 23:57 ] 日本の作曲家 | TB(0) | CM(0)

これは必聴:諸井三郎のピアノ・ソナタ第2番を聞けるサイト 

〔2007.07.21〕
ピティナ(社団法人全日本ピアノ指導者協会)のホームページ内に日本の作曲家のピアノ曲を紹介するコーナー「ピアノ曲MADE IN JAPAN」があります。くまぞう雑記帳からも固定リンクさせてもらっています。著者のピアニスト須藤英子さんの演奏による伊福部昭「日本組曲(ピアノ組曲)」の「盆踊」や山田耕筰、早坂文雄、松平頼則らの曲がアップされていますが、6月に諸井三郎のピアノ・ソナタ第2番の第1楽章が追加されていたのに最近気づきました。こちらのページからダウンロードできます。

この曲に関する須藤さんの文章を少し引用してみます。

《この作品は、力強いA主題(Adagio energico)と、諧謔的なB主題(Allegro ma non troppo)、そして幻想的なC主題(Adagio tranquillo)を3本柱として、4つの部分に展開されます。第1部ではA→B主題、第2部(1'04"〜)ではA→C→B主題、第3部(4'10"〜)ではA→C→B主題が各々転調されながら、そして第4部(7'38"〜)ではA主題が同主調にて、各々変形されながら現れます。短調に始まり長調に終わる、全曲を通した劇的な転調が印象的です。》

A、B、Cとも半音階的なメロディーが特徴的。Bの弾み方がブギウギふうで面白いです。論理的、構築的なドイツの音楽に範をとりながら個性的な独自の世界を築いています。残りの楽章もup希望します!

諸井三郎がよくわかる→Msさんの「曲解!?クラシックへの勧誘」中の諸井三郎のページ、新交響楽団が2000年に諸井の交響曲第3番を演奏した時のプログラム→こちら

最近諸井三郎の話題を取り上げたブログ→なぜ、クラシック音楽は面白いか?Blogout

諸井三郎の音楽をまとめて聞ける現在入手容易な唯一のCD→諸井三郎:交響曲 第3番・交響的二楽章他。この感動的な交響曲第3番の感想を書こう書こうと思いながら果たせずにいます。
[ 2007/07/21 21:37 ] 日本の作曲家 | TB(0) | CM(0)

オーケストラと三味線、オーケストラと箏の相性:菅原明朗の発言と伊福部昭作品から 

〔2007.05.26〕
先日このブログで取り上げた(→こちら)秋山邦晴著「昭和の作曲家たち―太平洋戦争と音楽」の中に著者による作曲家・菅原明朗(1897〜1988)へのインタビューが収録されています。この中から邦楽器とオーケストラの共演について菅原が語っている部分を紹介します。

フランス音楽の影響を受けたモダンな作風で頭角を現し始めた若き日の菅原は、1930年ごろから宮城道雄や久本玄智といった箏曲家らと協力して邦楽器を使った管弦楽曲の作曲に力を入れた時期がありました。菅原は《昭和八年に尺八、箏と洋楽器の一管編成による〈複協奏曲〉がありますね。いろいろな邦楽器で作曲されることを、当時考えられたのですか?》という問いに対してこう答えています。

《そうです。またオーケストラの西洋の楽器と加えて、三味線もやりたかったんです。だが、三味線はだめです。というのは、あの音を全部、オーケストラが吸っちゃうんです。そしてバチ音だけが聴こえるんです。箏は反対なんですよ。オーケストラを大きくするほど箏がタチだす。三味線は不可能だということに気がついた。》

まずは「オーケストラを大きくするほど箏が立つ」という菅原の言葉について。伊福部昭の「二十絃箏とオーケストラのための交響的エグログ」を以前コンサートで聞いたことがありますが、そのとき感じたのが「思いのほか箏が良く聞こえるものだな」ということでした。非常に鮮明に箏の音が響いてきて、オーケストラとの音量のバランスもCDで聴くのと変わりません。上の菅原の発言は非常に納得がいくものです。

そして「三味線はだめです」という発言で思い出したのが、先日の第1回伊福部昭音楽祭での「座頭市物語」の演奏です。映画のサントラでは耳につく独奏楽器の琵琶の音が、ライブではあまり聞こえてこないままあれよあれよという間に終わってしまった、という印象を持ちました。バチで弦を擦って出す効果音的な摩擦音はよく聞き取れたのですが・・・。琵琶と三味線を同一視するのがはなはだ乱暴だということは承知の上ですが、「バチ音だけが聴こえる」「あの音を全部、オーケストラが吸っちゃう」という指摘はまさにそのとおりではないか、と思いました。

町田嘉章作曲の三味線協奏曲以来、今に至るまで三味線とオーケストラの協奏曲はいろいろ書かれています。琵琶の協奏曲もあります。私はそれらの実演に接したことはありません。ライブで聞くとどんな感じなのか、非常に興味深いですね。「三味線は不可能」とまで言い切る菅原の言葉は果たして当たっているのか、否か。
[ 2007/05/26 05:47 ] 日本の作曲家 | TB(3) | CM(5)

秋山邦晴著「昭和の作曲家たち-太平洋戦争と音楽」 

〔2007.05.13〕
最近読んでいる本です。

これは音楽評論家の秋山邦晴(1929〜1996)が音楽雑誌「音楽芸術」に1974年1月から1978年12月まで連載した「日本の作曲界の半世紀」を単行本化したものです。

参考→秋山邦晴のプロフィール著作

目次を書き出してみます。

  序章
1 楽団スルヤの夢
2 日本の未来派音楽
3 プロレタリア音楽運動
4 新興作曲家聯盟のころ ―結成から解散まで―
5 戦争下の「過去」と「現在」
6 菅原明朗・オペラ〈葛飾情話〉
7 「日本的なるもの」の虚構
  Entracte(幕間)

以下引用です。

《ぼくらは戦前の作曲家たちの歴史を知りたいと思っても、作品そのものがすでに演奏されることもない。楽譜さえ出版されていないものが大部分である。(中略)このような歪んだ状態をなんとか変えていかないかぎり、日本の作曲界はつねに全体的な視点を回復するきっかけはつかめない》(「序章」より)

[ 2007/05/13 10:00 ] 日本の作曲家 | TB(0) | CM(0)

山田耕筰のピアノ曲 

〔2007.04.07〕
「日本のうた」第1回「明治の黎明期から戦前まで」(2007年4月25日、大阪・いずみホール)というコンサートのお知らせを前回書きましたが→いずみホール「日本のうた」 、ここで山田耕筰のピアノ版「からたちの花」の演奏があるようです(参考→日経ネット関西版)。

この曲は山田耕筰ピアノ作品全集というCDで聞きました(アマゾン品切れ中)。ピアノのための「からたちの花」、というのが正式な曲名です。元の歌曲の劇的な部分を一層強調したような、流麗でダイナミックなピアノ曲に仕上がっています。以下、山田耕筰のピアノ曲について少し書いてみます。

あまり演奏機会には恵まれませんが、山田耕筰はけっこうな数のピアノ曲を作曲しています。上記の2枚組みCDは山田の主要なピアノ曲がまとめて収録されている貴重なもので、入手困難なのが残念です(私は図書館で借りました)。

山田のピアノ曲にはスクリャービンの影響を受けたものが数多くあります。このCDには「スクリャービンに捧ぐる曲」という曲のほか、「日記の一頁(プチ・ポエム集)」「7つのポエム『彼と彼女』」「5つのポエム『若いパンとニンフ』」など表題にポエム(詩曲)と付いた曲が収められています。スクリャービンに「2つの詩曲」「詩曲『焔に向かって』」など詩曲という形の曲が多いことが反映していると思われます。

[ 2007/04/07 17:51 ] 日本の作曲家 | TB(0) | CM(0)

CD「浜辺の歌変奏曲〜成田為三ピアノ曲全集」について 

〔2007.04.01〕
2007年3月3日付け当ブログ記事「浜辺の歌」「かなりや」の作曲家・成田為三の驚愕ピアノ曲「君が代変奏曲」「浜辺の歌変奏曲」 で予告した浜辺の歌変奏曲〜成田為三ピアノ曲全集(ピアノ・白石光隆)の感想、というよりもさらなる紹介です。感想は「すごい」「面白い」など愚にもつかないことしか書けそうにないので・・・しかし上記の過去記事、さすがに少しコーフンし過ぎですね(汗)。

このCDの収録曲中最も長大で聞きごたえのある曲が、1942年に作曲された「君が代変奏曲」です。タイトル通り、日本国歌「君が代」を主題とする変奏曲です。若い頃に矢野顕子の初期の傑作「長月・神無月」に入っているジャズ、フュージョン風アレンジのインスト君が代を聞いたときもかなり驚きましたが、この成田為三の曲は正攻法も正攻法、真正面から君が代をクラシック音楽にしてしまった手腕に感心しました。この曲に絞って少し書いてみます。

まず主題の君が代がごく控えめに出てきます。頭の歌詞「きみがよは」、最後の「こけのむすまで」の部分にも和音が付けられています(君が代の和声についてはこちらが参考になります→第二の君が代について)。中間部は原曲と少し和声が違いますが、奇を衒わない静かな出だしです。

この後、君が代の旋律が極めてオーソドックスに変奏されていきます。ライナーノートのYM氏による楽曲解説を引用させてもらいます。

 〈日本国歌「君が代」を主題としながらも、時局的な戦意高揚の意図の感じられない伝統的なドイツ流変奏曲で、息苦しいまで理づめに書かれている。12の変奏と長大なコーダ全体にわたりオクターブや大きな跳躍が多く、演奏には極めて高度な技巧とエネルギーが要求されるが、外面的な華麗さはない。〉

[ 2007/04/01 15:48 ] 日本の作曲家 | TB(0) | CM(0)

戦前の傑作アニメ「くもとちゅうりっぷ」:「春よ来い」「叱られて」の作曲家・弘田龍太郎がすばらしいオペラを書いていた 

〔2007.03.20〕
戦前の日本のアニメーションの傑作「くもとちゅうりっぷ」がyoutubeにアップされています。→くもとちゅうりっぷ

こちらのブログ→六国峠@ドクター円海山の音楽診療室-無用な営みの、えも言われぬ、この上なき喜びを見て知りました。どんなアニメなのか、内容はドクター円海山さん、こちらのブログ→庭は夏の日ざかりを参考にして下さい。

クモの脚の動き・・・「千と千尋の神隠し」の釜爺か?

この作品が1943年、ディズニーの「ファンタジア」が1940年作です。物量ではアメリカに勝てませんが、黎明期のジャパニメーションの質の高さには驚きます。

音楽担当の弘田龍太郎は「春よ来い」「叱られて」「浜千鳥」「靴が鳴る」などの童謡の作曲で有名ですが、このアニメでは優れた管弦楽作曲の腕前を見せています。

ところで先般当ブログで紹介したCD「浜辺の歌変奏曲〜成田為三ピアノ曲全集」(→当ブログ「浜辺の歌」「かなりや」の作曲家・成田為三の驚愕ピアノ曲「君が代変奏曲」「浜辺の歌変奏曲」 参照)のライナーノートで博覧強記の音楽評論家・片山杜秀が「本当は畏るべき成田為三――または、山田耕筰・成田為三vs本居長世・弘田龍太郎・中山晋平という視点から、日本近代音楽史を再考する試み――」と題する長文の解説を書いており(またしても片山氏! 忙しい人ですね)、弘田についての記述もあります。

[ 2007/03/20 01:59 ] 日本の作曲家 | TB(2) | CM(2)
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