大栗裕のコンサートの告知記事(→
こちら)を書くのにNAXOS日本作曲家選輯の大栗のCD→
大栗裕:大阪俗謡による幻想曲、ヴァイオリン協奏曲、他/下野竜也、大阪フィルハーモニー交響楽団
を久しぶりに聞きました。買ったのが2003年の暮れ(発売は2002年)だったでしょうか、最初に数回聞いてからは年1回聞くか聞かないかという感じでしたが・・・いいじゃないですか! 自分では日本作曲家選輯の中では下から数えた方が早いという評価だったのが、今回続けて聞いて一気に上位へ進出しました。
天岩戸の神話を題材とする交響詩「管弦楽のための神話-天の岩屋戸の物語による」。アメノウズメの舞を表現した舞曲、かっこいいんですよ。〈符ゲタが小説線をまたぐ箇所をスコアのあちこちに紛れ込ませるややこしいリズム法〉(片山杜秀氏によるライナーノートから引用)、シンコペーション! 思わず伊福部昭の「わんぱく王子の大蛇退治」のCD(→
伊福部昭の芸術7
)を引っ張り出して「アメノウズメの舞い」と聞き比べてしまいました(伊福部と比較するならむしろ映画「
日本誕生
」の天岩戸のシーンに付けた音楽でしょうか)。ノリノリ5拍子が続く部分にわくわくします。
「大阪のわらべうたによる狂詩曲」。冒頭の心踊るファンファーレはさすが吹奏楽界のカリスマ作曲家だなと感心。続いて出てくる〈神官が祝詞を独特な節回しで朗詠する様に触発された土俗的な音楽〉(ライナーノートから)の迫力。そしてわらべ歌の旋律の処理が非常に巧みです。洗練されています。浪速のバルトークだハチャトゥリアンだと言われ、片山氏のように〈大栗の音楽。それは耳で聴く大阪である〉と言ってしまうと昨今マスメディアやネット上で流通するワンパターンなコテコテの大阪を連想させちゃってイヤなんですが、大都会である大阪、都会の猥雑さと洗練を併せ持つという意味でやはり大栗の音楽は〈耳で聴く大阪〉というしかないですか。とにかくコテコテ一辺倒じゃないんですよ。大栗は船場の商家の息子ですが、船場といえば「細雪」でしょう。お上品じゃないですか(話があらぬ方向へ・・・orz)
このCD中最もシリアスな「ヴァイオリン協奏曲」。わらべ歌や阿波踊りのリズムといった要素をうまく取り入れながら、非常に深い表現を実現していると思います。こういう曲はもっともっと録音や実演の機会が増えて「決定的な名演」が出てきて欲しいです。
吹奏楽版でも有名な「大阪俗謡による幻想曲」。朝比奈隆が自らの人生を語った「
朝比奈隆 わが回想
」(朝比奈隆、聞き手矢野暢)からの引用で曲の紹介に代えます。1955年(昭和30年)に朝比奈がベルリン・フィルを客演指揮、この曲を演奏した時のエピソードです。
〈大フィルの大栗裕君にその演奏会のために一曲書いてもらいました。ただし、向こうの希望は、非常にローカルカラーの強いものがほしい。メシアンなんかの焼き直しは、たくさんあるからもう結構、というので、彼が例の『大阪俗謡による幻想曲』というのを書き、〉
〈大栗君は、作曲者の才能はもちろんあるんでしょうが、長年ホルンを吹いていたから、オーケストラの中身をよく知っているので、楽員がやってて面白いんですね。一遍だけ通そうといっても、そんなに難しい曲じゃありませんから、ベルリン・フィルほどのオーケストラなら初見で通るわけです。済んだら、みんな立ち上がって「ブラボー!」と言いましたからね。〉