くまぞう雑記帳

伊福部昭、芥川也寸志、黛敏郎・・・クラシック系日本人作曲家の音楽を愛好しております。

新交響楽団第194回演奏会:伊福部昭「管絃楽のための日本組曲 」 

〔2006.09.19〕
 新交響楽団第194回演奏会(2006年7月22日、東京・サントリーホール)
  指揮:小松一彦
  芥川也寸志:交響管絃楽のための音楽
  伊福部 昭:管絃楽のための日本組曲
  黛  敏郎:涅槃交響曲(男声合唱・栗友会)

 私の怠慢でずいぶん遅くなりましたが、このコンサートのレポート最後の曲は、伊福部昭「管絃楽のための日本組曲」です。他の曲については過去記事
 「涅槃交響曲」コンサートにいってきた(1)
 「涅槃交響曲」コンサートにいってきた(2)
 新交響楽団演奏会:芥川也寸志「交響管絃楽のための音楽(1)
 新交響楽団演奏会:芥川也寸志「交響管絃楽のための音楽」(2)
で書きました。

 「管絃楽のための日本組曲」は1933年、伊福部が19歳の時に書いたピアノ独奏曲「ピアノ組曲」が元になっています。この曲を58年後の1991年にオーケストラ曲として自ら編曲したものです。曲の構成は、

 第1曲:盆踊
 第2曲:七夕
 第3曲:演怜(ながし)
 第4曲:倭武多(ねぶた)

 となっています。

 「ピアノ組曲」は、若き日の伊福部と友人の三浦淳史(後に音楽評論家となる)が文通していたジョージ・コープランドというピアニストに献呈するために書かれました。ソナタか組曲を書いて送る、と三浦が伊福部に無断でコープランドに手紙を出したことが作曲のきっかけとなったと伊福部は語っています。

 CD「伊福部昭の芸術2 響ー伊福部昭 交響楽の世界」のライナーノートには、伊福部の言葉として『あちらで組曲というと、メヌエットやリゴードンなど、舞曲を並べるのが慣例な訳ですから、すると日本人が組曲を書く場合、盆踊りやねぶたやながしを並べればよいのだろうと思い、そういう構成にしました』と書かれています.

 「芸術はその民族の特殊性を通過して共通の人間性に到達すべきもの」という信念を持つ伊福部です。「影響は受けても、真似はすまい」と語っていた人です。組曲という古典的な西欧クラシック音楽のスタイルに盆踊り等々…とは一見奇異に思われますが、伊福部にとっては十分な必然性があった訳です。

 第1曲の「盆踊」では、冒頭「どーーんどーーんどんかかかっか」という(これでは理解できませんか?すみません)祭り太鼓のリズム(安田大サーカスのHIRO君が太鼓を叩く真似をしますよね。あれです)で始まります。西洋音楽でタブーとされる平行5度が第1,2曲でバンバン使われます。第3曲「演怜」は流しの芸人の茶目っ気たっぷりのメロディーと切ない嘆き節。青森のねぶたに題材を求めた第4曲は途中からどんどん熱く燃え上がり、祭りは最高潮に達し……日本テイスト満開です。
 
 さて、この日の演奏です。

[ 2006/09/19 00:42 ] 伊福部昭 | TB(0) | CM(0)

「モスラ対ゴジラ」の音楽について 

〔2006.09.10〕
 本多猪四郎監督の映画「モスラ対ゴジラ」(1964年)はゴジラシリーズの第4作で、音楽は伊福部昭が担当しました。→モスラ対ゴジラ(1964) - goo 映画

 1961年の本多作品「モスラ」では、ザ・ピーナッツが歌った古関裕而(「六甲おろし」や「ああ栄冠は君に輝く」を作曲した人です)作曲の「モスラの歌」が有名になりましたが・・・

 良い映画を褒める会。さんの9月2日付け記事 『モスラ対ゴジラ』(1964)♪マハラ〜 マハラ モスラ〜♪ゴジラが悪役だった最後の映画。で、「モスラ対ゴジラ」では古関の「モスラの歌」は使われていなかった、と記してあるのを見つけました。

 おかしいな「モスラの歌」も使われていたはずだがなあ、と思ってDVDで確認してみました。するとやはり私の記憶通りに、確かにザ・ピーナッツが「モスラ〜や・・・」と歌っていました。

 モスラの故郷である南方の島インファント島で、日本から来た新聞記者たちに「ゴジラをやっつけるためにモスラの力を借りたい」と懇願された原住民たち。最初は拒否していたものの必死の説得で次第に心を動かされます。そしてザ・ピーナッツの小美人が、聖なる岩に鎮座するモスラの意思を問うために「モスラの歌」を歌います。

 ちなみに平成ゴジラシリーズの「ゴジラ対モスラ」(1992)の音楽も伊福部ですが、やはりここでも「モスラの歌」は使用されています。こちらはストリングス主体のアレンジが施されており、しっとりした感じが原曲とはかなり違った印象です。

 モスラといえばやはりよく知られた古関のこの歌なのですが、「モスラ対ゴジラ」中でより印象に残るのは伊福部作曲の「マハラモスラ」や「聖なる泉」の方ではないでしょうか。
 
 とくに原水爆実験で荒れ果てた島の一角で奇跡的に清らかな水がこんこんと湧き出る泉を称えた曲「聖なる泉」。その美しさには息を呑んでしまいます。
 
 「聖なる泉」は2000年に伊福部の手で、ソプラノ歌手藍川由美のために新たに歌曲として編曲し直されました。下のリンクはその歌唱を収録したCDです。

[ 2006/09/10 04:28 ] 伊福部昭 | TB(5) | CM(3)

しまった見逃したぞ…吹田市交響楽団の「交響管絃楽のための音楽」 

〔2006.09.08〕
 全然知らんかった。こんなコンサートがありました・・・・・・

 吹田市交響楽団サマーコンサート(2006年8月20日 大阪府吹田市・メイシアター)

 モーツァルト 歌劇「魔笛」序曲
 「魔笛」よりパパゲーノのアリア「おいらは鳥刺し」
 夜の女王のアリア「我 が心は怒りに燃え」
 パパゲーナとパパゲーノの2重唱
 芥川也寸志 交響管絃楽のための音楽 他

 大阪でも芥川也寸志の「交響管絃楽のための音楽」が聞けたんだ。うーん惜しいことをした。しかし前もって知っていたとしてもその日は用事があったので聞きには行けなかったのですが。

 アマオケ大好き、クラシック音楽大好きというブログにこのコンサートの様子が紹介されています。なかなか楽しそうな演奏会だったようです。
[ 2006/09/08 22:50 ] クラシック音楽 | TB(0) | CM(0)

新交響楽団演奏会:芥川也寸志「交響管絃楽のための音楽」(2) 

〔2006.09.02〕
新交響楽団演奏会:芥川也寸志「交響管絃楽のための音楽」(1)からのつづきです)

 「交響管絃楽のための音楽」は1950年に作曲、初演されました。芥川20代半ばのフレッシュな作品です。

 この曲が収録されているCD「日本管弦楽名曲集」のライナーノート(博覧強記の音楽評論家・片山杜秀氏による。)には、

 『(芥川は)作曲を伊福部(昭)と橋本国彦に師事。前者のりりしく粗野なアレグロの美学と後者のせつないリリシズムをブレンドしたような、独自の作風に到達した。
 《交響管絃楽のための音楽》は作曲家の出世作で、上述の作風をよく示したもの。』(カッコ内は引用者)とあります。

 付け加えるならば、木管と金管のユーモラスな掛け合いから始まる第一楽章は「せつないリリシズム」、豪快にドライブする第二楽章が「りりしく粗野なアレグロ」の要素がより強いといえるでしょう。

 さて、この日の演奏ですが・・・
 
 第一楽章は静かにスタートしました。各楽器群の色彩感豊かな絡み合いが面白い楽章です。どこかのサイトで「闇市の喧騒のよう」と表現していた方がいらっしゃいましたが、言い得て妙ですね。嵐の前の静けさという感じで淡々と進んでいきました。

 第二楽章はシンバルの強打で始まります。
 
 私の席の前に「パパの晴れ姿を見に来ました」という感じの母子連れが座っていたのですが(アマオケなので楽団員を応援しに来たらしい家族連れが目立ちました)、早くも退屈して居眠りしかけていた小さな女の子が、このシンバル一発で跳ね起きました。

 いよいよエンジン全開です。強烈なリズムに乗ってガーッと盛り上がったかと思うと少し静かになり、またガーッ、です。寄せては返す波、それも台風接近中の高知・桂浜のような大波が襲い掛かってきます。

 やがてガンガン打ち鳴らされる大太鼓が度肝を抜きます。ここに第一主題の最強奏が乱入し、クライマックスが訪れます。高音部から駆け下りる怪鳥の叫びのような木管が、咆哮する金管楽器群に絡みつきます。すごい、の一言です。

 この荒れ狂うクライマックス、CDで確認するとわずか12、3秒に過ぎないのが驚きです。耳に残るのでもっと長い時間演奏されているように錯覚するのですが、盛り上がる部分をあっさり切り上げる潔さ、緩急のバランスが絶妙なのは師の伊福部譲りといえるでしょう。

 恐ろしくカッコいいラスト、低音部と打楽器群の一瞬の地響きの後「ジャン」と全合奏して曲が終わりました。ライブでの「交響管絃楽のための音楽」初体験、すばらしかったです。
 
[ 2006/09/02 10:32 ] 芥川也寸志 | TB(0) | CM(1)
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