ナクソス日本作曲家選輯から出た須賀田礒太郎のCDを聞きました。
須賀田礒太郎(1907〜1952)は昭和初期から戦後にかけて活躍した横浜生まれの作曲家ですが、死後その存在はほとんど忘れ去られていました。須賀田が「再発見」された経緯、須賀田礒太郎とは何者なのかということは以下のサイトを参考にしてください。→名古屋パストラーレ岡崎さんの
甦る天才作曲家/須賀田礒太郎、須賀田の親戚筋に当たる武道家の方のサイト
須賀田礒太郎|試斬居合道 日本武徳院では1曲目「交響的序曲」から。これはヒンデミットの「画家マチス」第1楽章がモデルとなっているということです。旋律の対位法的な装飾のやり方が確かにヒンデミット風でしょうか。個人的にヒンデミットに感じるとっつきにくさ、晦渋なところがほとんど気にならないのは旋律の美しさによるものでしょう。
この曲と同じく皇紀2600年奉祝曲として書かれた橋本国彦の交響曲第1番(ナクソス日本作曲家選輯より→
橋本國彦:交響曲第1番
)にも使いこまれた伊沢修二作曲の「紀元節」のメロディーの変形ともいうべき最初の主題(「紀元節」は戦争の忌まわしい記憶と結びつきがちですが日本人の琴線に触れてくる、非常に美しい旋律だと思います)。次に出てくる木管による寂しげなうたもいいですねえ。曲はだんだん高潮し、やはり橋本の交響曲第1番第3楽章の終結部分を思わせる2重フーガで盛り上がります。神奈川フィル、堂々たる演奏です。
1940年作曲の「双龍交友之舞」はCDライナーノートによれば〈雅楽とストラヴィンスキーをつな〉いだ作品。作曲年代の近い早坂文雄の「古代の舞曲」「右方の舞と左方の舞」や平尾貴四男「古代讃歌」といった雅楽趣味の作品と共通するものがありますが、もっと洗練されたモダンな雰囲気です。
須賀田は雅楽「越天楽」をオーケストラ曲に編曲したパイオニア・近衛秀麿に一時師事していたらしいですが、早坂、平尾作品が近衛「越天楽」からの直線的進化という感じがするのに対し、須賀田のほうが随分と変化球です。雅楽とストラヴィンスキーをつなぐというか、ストラヴィンスキーが雅楽を勉強して書いた曲? といった感もあります。私の趣味では素朴さの残る早坂、平尾作品の方が好みですが、曲の完成度の高さでは「双龍交友之舞」が上を行くかもしれませんね。
残りの曲、バレエ音楽「生命の律動」と「東洋の舞姫」はまたの機会に。