久生十蘭「従軍日記」中に十蘭の小説に出てくる印象的な言い回しを発見しました。ひとつが「不思議なご縁で」。もうひとつは「感度あり」です。
最初の「不思議なご縁で」。戦いの最前線を回っていた十蘭がインドネシアの小島アンボン島:ハロンの航空隊に赴いた際の日記から引用します(実はこの話題を書くために検索したら小説家の倉阪鬼一郎氏が日記で先に取り上げておられましたので参考までに→
新Weird World 倉阪鬼一郎の怪しい世界)。
《南方へくるとき台北からマカツサルまで同じ飛行機に乗り、いろいろご親切を受けた時永中佐、これもまた実に奇遇の感あり。中佐もよく覚えていられ、不思議なご縁でなどといわれる》(第六章 ハロンの航空隊より)
以前にも当ブログ
久生十蘭を再読するで取り上げた短編の佳作「春雪」のラスト近くから、倉阪氏も引用していた部分を長めに引用します。
《伊沢が池田を紹介すると、池田は、わざと日本語で、
「このたびは、ふしぎなご縁で」と丁寧に挨拶した。
伊沢が通訳するのを、老人は首をかしげながら聞いていたが、ふしぎ、ふしぎ、と味わうようにいくども口の中でくりかえしてから、
「おう、そうです」
と池田のほうへ手を伸ばした。》(三一書房「久生十蘭全集第2巻より)
戦時下、尋常でない出会いから「代理結婚」した池田の姪柚子とカナダ人俘虜ロバート。二人は戦争中に死んでしまい、残された池田とロバートの母親のまさに「ふしぎなご縁」というしかない対面の場面です。
「ふしぎなご縁」は「野萩」という短編にも出てきます。以下、三一書房の久生十蘭全集第2巻収録の同短編より
《「そうでしたか、それはそれは……ほんとうに、ふしぎなご縁で」
滋子は笑って、
「ふしぎなご縁とはまた、旧式なことね」
「でも、知らない同士が、キャンプで知り合うなんてのは、よくせきな縁よ。戦争がなかったら、死ぬまで、逢わずにしまったかもしれないんだから」》
「感度あり」については日を改めて。