くまぞう雑記帳

伊福部昭、芥川也寸志、黛敏郎・・・クラシック系日本人作曲家の音楽を愛好しております。

関西フィル定期の大澤壽人「交響曲第3番」、グリーン交響楽団「交響譚詩」、「ブレードランナーファイナル・カット」 

〔2007.11.30〕
最近あまり更新できていませんが・・・先週末からけっこうイベントがあったので簡単に近況を。

11月28日は関西フィル第198回定期演奏会で飯盛泰次郎の指揮による大澤壽人「交響曲第3番」を聞きました。よかったです。演奏は「あわてないで、もうちょっと落ち着いて」と思う場面がけっこうあったのですが・・・大澤の交響曲は「ラヴェル、フランス6人組、バルトーク、あるいはシェーンベルク」(当日のパンフの片山杜秀氏の解説より)、そして日本の音階やリズムといった雑多な要素をパッチワーク風に、無造作に投げ出しているようなところがあり、ライブで1回聞いただけの交響曲第2番はとっつきにくい印象のままです。

一方3番の方はCDで聞いているうちにだんだんこれはすごいと感じるようになりました。今回実演に接し、この曲がそういった種々雑多な要素で非常に緻密に組み立てられ、クラシック音楽の批評でよく聞く「有機的連関」というやつがまさに当てはまるなあと感じました。戦後初のコンサートでの演奏という画期的な場に居合わせることができ、満足いたしました。

11月24日にはグリーン交響楽団という初めて聞くアマオケの伊福部昭「交響譚詩」をいたみホールで聞いてきました。こちらはちょっと微妙。こなれが悪く、「どこかあまりなじみのない国の作曲家の作品を、物珍しそうに恐る恐る演奏している」ような違和感。邦人の曲なのに。他の曲はけっこうお上手な演奏だったのに。西洋のクラシックが好きで演奏家になった人は感覚も西洋人的? なので伊福部の曲を「郷土の作曲家の作品」という感覚で共感を持って演奏するのは難しいことなのでしょうか。

そして関西フィル定期の前日、ネットでいろいろ調べているうちに「ブレードランナーファイナル・カット」が11月末日で公開終了、ということを知り愕然。そもそも東京のみの上映だと思っており、ヴァージョンも従来のディレクターズカット版だと勘違いしていました。なんとリドリー・スコットが新たに手を加えた究極のラストヴァージョンとは!しかも映画館での上映はこれが最後、との情報も。ぐわ〜!! 絶対見逃せん。ということで29日に梅田のシネコン「ブルク7」で見てきました。言葉がありません。感動。映画館で観たおれ勝ち組。
[ 2007/11/30 22:59 ] 大澤壽人 | TB(0) | CM(0)

久生十蘭「従軍日記」より:「不思議なご縁で」 

〔2007.11.11〕
久生十蘭「従軍日記」中に十蘭の小説に出てくる印象的な言い回しを発見しました。ひとつが「不思議なご縁で」。もうひとつは「感度あり」です。

最初の「不思議なご縁で」。戦いの最前線を回っていた十蘭がインドネシアの小島アンボン島:ハロンの航空隊に赴いた際の日記から引用します(実はこの話題を書くために検索したら小説家の倉阪鬼一郎氏が日記で先に取り上げておられましたので参考までに→新Weird World 倉阪鬼一郎の怪しい世界)。

《南方へくるとき台北からマカツサルまで同じ飛行機に乗り、いろいろご親切を受けた時永中佐、これもまた実に奇遇の感あり。中佐もよく覚えていられ、不思議なご縁でなどといわれる》(第六章 ハロンの航空隊より)

以前にも当ブログ久生十蘭を再読するで取り上げた短編の佳作「春雪」のラスト近くから、倉阪氏も引用していた部分を長めに引用します。

《伊沢が池田を紹介すると、池田は、わざと日本語で、
「このたびは、ふしぎなご縁で」と丁寧に挨拶した。
 伊沢が通訳するのを、老人は首をかしげながら聞いていたが、ふしぎ、ふしぎ、と味わうようにいくども口の中でくりかえしてから、
「おう、そうです」
と池田のほうへ手を伸ばした。》(三一書房「久生十蘭全集第2巻より)

戦時下、尋常でない出会いから「代理結婚」した池田の姪柚子とカナダ人俘虜ロバート。二人は戦争中に死んでしまい、残された池田とロバートの母親のまさに「ふしぎなご縁」というしかない対面の場面です。

「ふしぎなご縁」は「野萩」という短編にも出てきます。以下、三一書房の久生十蘭全集第2巻収録の同短編より

《「そうでしたか、それはそれは……ほんとうに、ふしぎなご縁で」
 滋子は笑って、
「ふしぎなご縁とはまた、旧式なことね」
「でも、知らない同士が、キャンプで知り合うなんてのは、よくせきな縁よ。戦争がなかったら、死ぬまで、逢わずにしまったかもしれないんだから」》

「感度あり」については日を改めて。
[ 2007/11/11 00:52 ] 久生十蘭 | TB(0) | CM(0)

テンプレート 

〔2007.11.04〕
ブログのデザイン(テンプレート)を気分一新のつもりで変えたのですが、表示がどうも不安定なので元に戻しました。写真を変えたりマイナーチェンジはしています。
[ 2007/11/04 23:06 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

花と戯れるくまぞう 

〔2007.11.04〕
近所の公園で。似合わん。


















[ 2007/11/04 20:04 ] くまぞう | TB(0) | CM(0)

松村禎三追悼CD「松村禎三の世界」 

〔2007.11.01〕
9月初めに発売された2枚組みCD「松村禎三の世界」.。タワーレコード限定販売です(曲目、演奏者等のデータはこちら→「松村禎三の世界」


DISC-1の1〜3曲目は1970年の大阪万博のパビリオンのBGMとして作曲された(BGMといっても気楽に聞き流せる音楽ではありませんが)。オーケストラと合唱による1曲目「飛天(アプサラス)」、2曲目「祖霊祈祷」がいい。三管オケ、混声合唱プラス8人の打楽器等という編成の「祖霊祈祷」は万博テーマ館の地下スペース、人類の祈りを表現する多くの展示を集めた空間に流れた音楽だということです。。呪文のような男女の声と打楽器を強調した素朴で力強い原初の祈りの音楽です。男声の「う、あ、え・・・」、癖になります。最初聞いたとき、全く脈絡はないのですがマイルス・デイビスの「ビッチェズ・ブリュー」のあの雰囲気(とくに「ファラオの踊り」)を思い浮かべました。

同じく1枚目に収録の「交響曲」。AMラジオ並みかそれ以下の録音も全く気にならないド迫力です。ライナーノートには作曲者の《アジア的な発想をもった、生命の根源に直結したエネルギーのある曲を書きたい》という言葉が記されています。まさにそのとおりの音楽です。以下、ライナーノートの松村自身の解説からさらに引用。

《アジアに点在する仏教、ヒンズー教等の寺院の膨大な数の石仏たちの度肝を抜くスケールの“群”の写真を見たとき、私はそこにはっきり自らの祖先を見たように思え、大きい示唆と励ましを受けた。》

《小さい生命をもった無数のイナゴの大群が“群”としてひとつの大きい生命力をもち大地を席捲していくような圧倒的な在り方である。私はオーケストラの曲をこそ書きたいと思った。》

松村の師の伊福部昭は中国の寺院で見た壁一面の小さな石仏に感動して「ピアノと管絃楽のためのリトミカ・オスティナータ」を書き(1961年)、兄弟子の芥川也寸志はインド・エローラの石窟寺院カイラーサナータを見た衝撃が「エローラ交響曲」の作曲につながりました(1957年)。1965年作曲の松村の交響曲もまた、上で引用したようなよく似た種類の体験が作曲の契機となっているのは興味深いところです。

[ 2007/11/01 00:18 ] 日本の作曲家 | TB(0) | CM(0)
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